■それは町の小さな本屋さんでのことだった。我がモノ顔で買ってもいない本を堂々と広げ、立ちながらにしてそれを黙読するという行為(通称:立ち読み)に耽っていると、真横で中学生くらいの女の子たちがきゃっぴきゃっぴと戯れはじめた。

五月蝿い。少し静かにしてくれないか。こっちは読書中なのだ。確かに俺はこの雑誌を買わないし、最初っから買う気もなかったし先月も買わずに立ち読みで済ませた人間だ。しかし、故意に読めないようにしているものでない限り、最大の宣伝として、立ち読みをしても良いですしむしろ是非立ち読んでいってくださいできれば買ってください、という慣習があることはその歳になればもうご存知だろう。そして横にいるこの俺が、面白そうなら購入しよう、と思うような良心的な客である可能性は否定できないのであり、それを妨害するという行為はつまり、書店の販売促進を妨害するに等しいのである!どうだ参ったか!!などとはまったく思わず、変態的趣味である盗み聞きをするために、ひっそりと聞き耳を立てたのであった。

彼女たちは集団(といっても三人だが)という力を借りて、普段一人では近づかないであろう男性誌のコーナーに集まっていた。様々な雑誌を手に取り娘たちは言う。「何が面白いのか全然わかんね」、「あたしこんなのに絶対金払わないし」、「見るだけ損した感じ」、・・・・・・。当事者不在の一方的な裁判はあまりにも心無く、聞いていて清々しいほどであった。自由とは素晴らしい。君たちにはまだ無限の可能性がある。今後もそのようにのびのびと冷徹に、華やかに残酷であってくれ。それ以外君たちに望むことはない。などという思いに浸る暇はなかった。なぜならもう一方のお隣で、なんとも卑猥な行為が行われていたからだ。

ピンと立てていた聞き耳に、妙な音が入ってくきた。カシャ、カシャ、カシャ・・・・・・。この不自然なシャッター音はまさか・・・・・・、撮っている・・・・・・、携帯のカメラで雑誌を撮っているではないか、しかもガンガン撮っている。撮りまくっている。雑誌は何だ。ボ・・・、ボムではないか。しかも撮っているのは30歳前半くらいのオッサン。「BOMB」といえば中学生男子の指定図書になっている雑誌ではなかったか。なぜオッサンがボムを撮る必要があるのだ。何が起こっているのだ・・・・・・・、俺の横ではいったい何が起こっているのだ。目的はいったい何だ。21世紀型の嫌がらせか。側には若々しさを有り余している女子中学生もいるんだぞ。っていうか撮り過ぎだろ。まだ撮ってるよ〜、何枚携帯に半裸の女性を取り込めば気が済むんだよ・・・・・・、とあまりの異様さに呆然としていると。目が、ふと首をまわしたその男の目と、俺の目が合ってしまったのだ。

地球は回っている。このように面識のない男二人が気まずい視線を交わし合っているときにも、アースは構わず太陽の周囲をダイナミックに回っているのだ。それは瞬間と呼ぶに相応しい短さであったが、なんともコズミックな気分にさせられてしまった。その男の方はどうか。ヤツは「お前程度にこの俺が止めらてたまるか、フハハハハ」と言わんばかりに無言で再びカシャカシャと撮りはじめたのであった。もはやこの俺にできることはない。できることがあってもしないし、とにかくまずコイツと関わりたくない。

幸いなことに横にいた中学生たちは、清潔な顔をした青少年の表紙が沢山並んでいるコーナーへと移動していた。店員もヤツの奇行には気づかぬふりで通すつもりらしい。俺もどこかに非難しなければ。なんとなく身の危険を感じる。防空壕は、防空壕はどこだ。ぐるりと店内を見渡すと、「こっちへいらしゃい」というオーラが漂っている場所があるではないか、あそこかッ!と思ったら、江原啓之が微笑んでいる本がいっぱい積んであるぞー、などと一人興奮していると、「ミッション・コンプリート」と言っているかのような、満足気な後姿を見せつけながら例の男は本屋を立ち去ろうとしていた。いったいなんだったんだ・・・・・・