コマツさんは病に侵されていました。深夜零時をまわると歯がうずき出すという病気で、まるで時間を知らせる柱時計のよう。けれどある一定の時が過ぎると止んでくれるわけではなく、徐々にその痛みはひどくなっていくのでした。

苦行を強いられているわけではないので、歯医者に予約をとり治療をしに行くことにしました。担当の医者は小学生の頃から見てもらっている付き合いの長い人で、腕のよい名医だと近所で高い評価を得ています。

お口を開いているコマツさんに先生は言いました。

「これは酷いね、神経を抜くことになる」

そんな、ただでさえ「無神経だ」と罵られているのに、これ以上神経が少なくなるなんて酷過ぎます。むしろ増やして欲しいくらいなんです。なんでですか、なんでなんですか。先生もしかしたら患者から神経を奪って自分に植え込んでいるんじゃないですか。ずるいですよ、僕だっていい人になりたいんです。みんな誰だって人望が欲しいんです。それなのに自分だけ気の利く人間なろうなんて・・・・・・、この神経泥棒ッ!

先生は笑顔でこう答えました。

「今日取ろうと思っているのは、無神経であることに悩む神経です。それが無くなってしまえば、あなたが今苦しんでいることだって消えてしまうんですよ」

そうなんですか、ああ良かった。では気持ちよくすぽんと抜いちゃってください。どうぞどうぞ。安心してそのようなことを口にした後、ある記憶が思い出されました。

それは小さな頃、「死ぬ」という恐怖に怯えていたのときのことです。眠れない夜が続いていたとき誰かから聞いた、「死んだら思考もなくなるんだから、死んだあとのこと心配しても無意味だよ」という意見に、ずいぶんと癒されたことがありました。けれどしばらくたってよく考えてみると、そういう問題ではないかもしれない、と思いはじめ、また以前の恐怖が蘇ってきたため、また眠れない日々がはじまったのでした。その記憶が頭に浮かぶと、こう思うに至りました。さっき先生がした話も同じことではないか・・・・・・・

何かが湧き上がってくるのを感じた瞬間、既に治療が終わっていることに気がつきました。麻酔を打ったので多少口の中に違和感がありますが、とても爽快な気分です。そして次に治療を受ける日を決め、病院を後にしました。もう子供ではないので、帰り際にガムはくれません。再び確認するまでもありませんが、先生は名医なのです。