友人Kの話をしよう。景気悪化を辿る中、奇跡的に誰もが羨む優良企業に就職することができたKだが、しばらくすると「職場に馴染めない」と周囲に漏らすようになっていった。ほとんどの友人は「遠まわしの自慢だ」とその行動に腹を立てていたし、気のいい連中も「よほど辛くないのでなければ、辞めないほうがいい」という助言を与えていた。彼らからすればKは憎らしいほど恵まれていたのだ。

このような周りの反応を気にもせずKは、転職を考えることが日々の楽しみになっていた。自分に相応しい仕事とは何だろう。無謀にもそこに無限の可能性を見出していたのだ。浮かれていた彼は友人に会うたびに同じ問いを口にし、新しい可能性が生まれることを期待したが、返ってきた答えは(当然)冷たいものばかりであった。そこで、一度得てしまった快楽を満たすためにKは、半分お遊びで、半分真剣に占いに頼ってみることにしたのだった。

数ある占いからKが選んだのは《外見占い》というものだった。あまり耳にしないタイプの占いだが、信頼の置ける知人が「決してはずれない」と話していたのをKは覚えていたのだ。詳細を尋ねるべく久しぶりにその知人に連絡をとると、「個人的な意見だが、お薦めはできない」と諭されたのでKは驚いた。「はずれない」、そう言っていたではないか。そのように問い正すと、静かな声でこう返ってきたのだった。「それが怖いんだ」。

友人から忠告を受けたもののKは、「半分お遊びだった」ため興味が先に立ち、そこで占ってもらうことを心に決めてしまったのだった。

オーラでも守護霊でもない、誰もが目にすることができる「見た目」から、総合的に答えを導き出すという《外見占い》の「外見」とは何を指すのか。本筋とは外れるが、目新しい手法なので少し補足しておこう。主に顔や姿勢、仕草などを見て判断し、さらには髪質、女性の場合化粧の仕方までもがその材料になるという。要は目に付くところ全てと言ってかまわないのだが、微妙なラインも沢山あり、舌や性器は外れる一方、鼻毛は鼻腔から出ていた場合のみ該当する、など挙げはじめたらきりが無いほどだ。

本題に戻る。場所は都内某所、とだけ言っておき、そこに辿り着くまでの過程はすぱりと省略してしまおう。そこは体験者からの紹介がなければならなく、もちろんネットで検索しても何の情報もでてこない。

Kが案内されたのは雑多で狭苦しい部屋だった。そこには何の変哲も無い椅子がぽつりとひとつだけ置かれており、Kはそこに座るように指示され、案内役と思われる人物は入ってきた扉を閉め消えてしまった。腰を下ろして気づいたのは、数えきれないほど多種多様なカメラが、そのKが座っている位置に向けられているということだ。どのカメラに視線を合わせるべきだろうか。自分以外誰もいないはずなのに、大勢の人間に見られているような気分になり、Kは息を呑んだ。

「質問をどうぞ」

突然、どこからともなく声が響いた。椅子の対面には神棚のようなものが備え付けられており、そこには過度に戯画化された兎の人形がちょこんと置かれていた。Kはその兎が話しかけてきたように感じ、体の中にスピーカーでも埋まっているのだろうかと想像した。するとその丸く黒いふたつの目までがカメラの役割をはたしており、そこを通して誰かが自分を観察しているのではないかと急に恐ろしくなった。

「質問をどうぞ」

二度目の声。また声の発生場所を特定することはできなかった。三度目はないのだというように、Kは焦りながら質問を口にした。僕に相応しい職業とはなんなのでしょうか。

「・・・・・・、職業と呼べるかどうかわかりませんが、あなたには『負け犬』が相応しいと思われます」

Kは動揺した。それはつまり一生未婚のままとか、収入が安定しないとか、職を転々とするとかそういうことでしょうか。

「いいえ違います。それでは人間になってしまいます。犬です。あなたに相応しいのは負けた犬なのです。まずは両手を地面につき、四足で歩くことから始めてみてはいかがでしょう」

Kは怒りのあまり絶句し、そのまま立ち去ろうとしたが、このまま帰ってしまうのは癪だと感じ、嫌がらせのつもりでこのような質問を兎の人形に投げつけたのだった。犬に勝ち負けなんてあるんですかね。

「あります。勝った犬は生涯飼い主に可愛がられますが、負けた犬は路頭に迷った挙句、保健所に引き取られて死にます」