「眼鏡をオシャレにしたら負けだと思ってる」

真剣な眼差しでそう言ったヤシマさんはすぐに「冗談だよ、冗談」と俺の表情をのぞきながら笑った。


今日は久しぶりの会合だった。全国眼鏡振興会、通称「メガネクラブ」は、十数年前から続くコンタクトレンズの猛攻を、「メガネ男子」などのブームに支えられなんとか持ちこたえていたが、最近レーシックという視力回復手術が登場したことにより、会員内で再び危機が訪れたと心配する声が高まっていた。

コンタクトが主流になっている現在、それを経済的な面や煩わしさを理由に、それを拒否しメガネのままの人々がいるが、レーシックなら受け入れるという人はその中にも多いだろう。メガネだってなにかと面倒なのだ。これにより新規会員はもとより、メガネ人口そのものが大幅に下落するだろう、というのがほとんどの会員に一致した見解だった。

夏の会合ではそのことが必ず扱われるだろうと予測していたが、その意外な取り上げ方に俺を含めみな驚かされることになった。

「近頃、例の視力回復の技術を恐れている人が多いと聞いていますが、その心配は間違いです。今やメガネはファッションの一部。視力の悪い者たちが特権的にかけるような時代は20世紀と共に終わっているのです」

そう宣言するかのように言った新会長は、集まった二千を超える会員たちの盛大な拍手を一身に受け、妙な高揚感の中会合は幕を閉じた。


その後はもう定例となったヤシマさんとの二人飲み。カウンターだけでやっている、いつもの焼き鳥屋の暖簾をくぐった。

「眼鏡をオシャレにしたら負けだと思ってる」

ビールを数杯飲んでから口にした言葉とはいえ、それは酔いからきたただの愚痴ではなく、そこにはヤシマさんのいくつもの思いが込められていると感じた。

コンタクトに押され、もうメガネクラブも終わりかという時にやってきた「オシャレメガネ」の思想。幹部の大半には拒否反応を示した。その中でヤシマさんは「これをいい機会に幹部の若返りを図るべきだ」と自らその地位を下り、何人が触発され同時にその席を立った。十年前のことだ。

こうして新たにオシャレメガネ世代の会員が幹部となり、全盛期のそれとまではいかないものの、若い会員が増え、なんとか解散の危機からは抜け出すことができた。

今ではその半分近くまでが新世代に取って代わられている。ヤシマさんはそのこと自体を嘆いているわけではないだろう。ショックを受けているのはきっと、自分に近い世代がオシャレメガネを付け始めたことだ。昨年新会長に選ばれたコマツさんがそのいい例だろう。それまで幅が広いレンズの野暮ったいメガネを好んで付け「あんな玩具みたいなの恥ずかしくて付けられるか!」と口にしていたのにもかかわらず、最近急にスタイリッシュなメガネを付けだしたのだ。きっと若い世代の薦めによるものなのだろうが、スタイリッシュなのは眼鏡だけで、他の格好は以前のまま、というところに拭い難い違和感がある。

ヤシマさんはもちろん昔のままの野暮ったいメガネをかけている。ヤシマさん的には両者が共存するような会を目指したかったのだろうが、妙な着地点に落ち着いてしまい、そこに苛立ちを隠せないのだろう。ふた周りほど歳が下の俺は、もちろんオシャレメガネと呼べるようなものをかけているのだが、その点に関しては深く共感できた。

「俺、ダサいメガネかけたおっさんのほうが、全然カッコイイと思いますよ」

「そうか。そう言ってくれるとダサいままでいがいがあるなぁ」

ヤシマさんは誉めると目を合わせてくれない。そういうのが心底苦手なのだということは最近よくわかってきた。

「娘からのメール返したいんだけど、改行の仕方教えてくれない?」

話題を変えたかったのか、ヤシマさんは携帯電話をもぞもぞと鞄から取り出し、俺に渡した。北海道勤めでなかなか会うことのできない娘さんがいて、たまに長いメールを送ってきてくれるのだけれど、返すメールも必然と長くなってしまい、それを改行しないで送るので「どうにかならない?」と指摘されたのだそうだ。

「いいっすよー。えーっと、たぶんこのボタン押せば・・・・・・、ホラ」

「あーコレかぁ」

ヤシマさんは関心するような声を響かせ、眼鏡を額にあげながら俺の手の中にある携帯電話の画面をのぞきこんだ。