儀式的な食事を終え、ついにコマツさんは勇気を振り絞り、向かい合っている彼女にこう言った、「プレゼントがあるんだ」。そして隠し持っていた小箱を取り出し、それを差し出したのである。その中に入っているものを彼女は予想できていたため、「開けていい?」と軽い確認をとり、激しく扱ったら壊れてしまうかのようにゆっくりとその箱を開けた。中に入っているリングが彼女の視界の中に入った、であろうその瞬間、コマツさんはすかさずこう言った。

「結婚しよう」

彼女はとても困惑した。無理もない。それまでコマツさんはそんな素振りは一切見せなかったし、自分ができちゃったもしくは授かっちゃたわけでもなく、さらにはその箱に入っていたものが指輪でもなんでもない、おいしそうなフレンチクルーラーだったのだから。

ドーナツを左手の薬指にはめ、24時間食べずに二人で過ごすこと。その行為が結婚の承諾となる。それがコマツ家の古くからのしきたりなんだ。誇らしげにそう説明したコマツさんは、既に自分の指に差し込んだフレンチクルーラーを彼女に見せつけた。一度身に着けると他の指ごとほとんど動かせない、そんな不恰好な手先だったが、彼は胸の内は幸せで満ち溢れていた。

最近の流行はやはり人気のポン・デ・リング。一方では豪華さを求め、チョコやクリームでデコレートしたものを選ぶ者も少なくない。しかしそんな中、あえて伝統的なフレンチクルーラーを選んだ俺センスってどうよ? 的な笑みを浮かべたのも束の間。見ると彼女は受け取ったドーナツをむしゃむしゃ幸せそうに食べてしまっていた。

「あ、ゴメン聞いてなかった。なになに? ドーナツの中に指輪が入ってるんだと思ったんだけど、入ってなかったね」

コマツさんは愕然とした。この女聞いてなかったのかよ!の怒りなんてどうでもよかった。そんなことよりも、どちらかが24時間以内にドーナッツを食べてしまった場合、それは永遠の離反を意味する、そのことのほうが伝統を大切にするコマツさんには重大だった。

「もしかしたらあたし飲み込んじゃった? どうしよう!」

未だ間違った理解の上で慌てふためく彼女を見て、もうなんておちょこちょいなんだよぅ、そこが好きなんだけど!と瞬間的にほんわかしたものの、もう後戻りはできない。もう現世での二人には結ばれる運命はないのだ。ならば生まれ変わってもう一度、とコマツさんはその後無理やり心中を図ろうとするのだが、それはまた別の話だ。