以前、集団的純異性交遊をしていたとき、その中のひとりが財布を拾った。中には決して少なくない金額と各種カードが入っており、すぐに警察に届けようという話になった。この金でおいしいもの食おうぜッ!などとはしゃぐ輩はひとりもいない。大変健全な友人を持って本当に良かったと思う。きっとその晩悪意だけでできた勿体ナイお化けに苦しめられたのも、自分だけに違いない。


誰かが落とした財布を見つけたときの反応は大きく5つに分かれるだろう。

(1)拾い、何らかの方法で持ち主を探す。

(2)拾い、頂戴する。

(3)拾い、中身の一部(主に現金)を頂戴し財布そのものは届け出る。

(4)拾い、中身の一部を頂戴し、財布をその辺に放り投げる。

(5)財布自体を見なかったことにし、何食わぬ顔で通り過ぎる。

もちろんやろうとすればいくらでもパターンは作れるが((6)拾い、財布の落ちていた場所にメッセージカードを。その中に描かれているのは財布が隠された場所を引き出すための暗号、など)大半はこの五つに該当するはずだ。


どう考えても問題なのは(2)〜(5)だが、今問題にしたいのは(1)の行動をとる良識人だ。というのもふと思ったのだ、落とされたそれが、財布ではなく現金そのものだったとしたら(1)の人々はどう行動するのだろうか、と。それが札束だったらまた別の話になるが、一万円がひらりと落ちていたら、見つけ多少の躊躇したあと、そのまま自身の財布に入れてしまう人は多いのではないか。

もちろんそれは財布を見つけるのと相当違う。だが落とし主にとって、ほとんど中身の入っていない財布と一万円、どっちが惜しいかというと、判断は人によってそれぞれのはずだ。けれど我々は勝手に財布を上位に置いていやしないか。

マリオをプレイしている時だってそうである。彼はジャンプパンチでブロックを振動させることによりなぜか金貨を得るが、それがもしコインではなく財布で、それをいちいちマリオが中身を数えることにより画面上の取得コインの数値が上がっていく、という設定だったらプレイヤーはどう思うだろう。やってられるかッ!とコントローラーを叩きつけるまではいかないまでも、嗚呼俺がコントロールしているのは極悪非道な髭オヤジなのだな、と考えるに違いない。

拾い物に少しでも「他人の香り」がすれば、我々の想像力は刺激され、もっと言えば「落としたのが自分だったら・・・・・・」というごくごく正常な仮定を思い浮かべることで、人をまっとうな行動に導く。だから財布はより後ろめたいのではないか。一方現金そのものは、そういったものをなかなか想起させない。なので我々はマリオを、てめぇのスケを取り返す道すがら強奪を繰り返す中年、とは見なさず、まるでいいことしている最中に偶然運良くまったく後ろめたさのないコインを不思議な方法で手に入れる、かのように見てしまうのである。


そう、道に落ちた一万円だって人様のものである。落とし主にとって、返ってくるにこしたことはない。だがらいつか一万円札を拾うかもしれない我々は、そのマジックのように引き起こされる不徳を避けるため、予め喚起する想像を用意しておくべきだ。そうすれば躊躇いなく、勿体ナイお化けに憑かれることなく、拾ってそのまま交番に直行できるはずだ!


【具体例】

女がなかなか呼び出しに応じないので、男は待ち伏せをしていた。今日こそ絶対に会って、あのことを告げなければ。そう意気込んでいた男は終始興奮ぎみだった。女は予想通りこの道にやってきた。男は後ろから小走りで近づき腕を強く掴むと、女は振り向き、恐怖で引き攣らせた表情を男に見せつけた。男はひるむことなくもう片方の手の中にある封筒を女の胸に押し付け、こう言った。「頼む! 下ろしてくれ!!」。女の顔は急に冷めたように変わり、差し出された封筒を平手で叩き落とした。コンクリートに叩きつけられ、その中身が飛び出てその場に散らばった。現金だった。「馬鹿にしないで。あたし絶対に産むから」。呆然としている男の手を振り解き、女は去っていった。それを追っていくこともできたが、男は散らばった一万円札を拾う方を選んだ。男にとってその金額は決して安いものではなかったし、もう一度女と顔を合わせたとき、何を言うべきなのか思いつかなかったからだ。こんな惨めなことはない。そう感じた男は泣きながら紙幣を集めたが、その枚数を確かめる気力は残っていなかった。そして涙を絞りきると、急に周囲の目線が気になりはじめ、足早にその場から消えてしまった。


今わたしが見つけた一万円札は、その時男が拾い損ねた一枚に違いない。そんな無責任な男の金なんて、誰が使ったってかまやしない。だったらわたしが使えばいい。そうこの金はわたしに使えと言っている。さあ、何を買ってやろうか・・・・・・・?!