「男はみんなエロい」

この台詞が、女性の前で思わず助平なことを口にしてしまい、それを弁解するために男性がよく使う「逃げ」の常套句であることはみなさん良くご存知だろう。俺だけじゃなく男全員、この地球(ホシ)に住む約半分の、最近アメリカの大統領になったアイツを含む30億以上の人間は、みんなエロいんだよ、だから俺だけが非難される理由はないはずだ、そうに決まっている、つまり、つまりだ、俺を叱責ということは男全員を敵にまわすとことなのだよ、ユーちゃんと理解してる?という強引な論理を、ぐぐいっと押し付けるというこの責任回避の仕方は、ちょっとチャーミングな仕草を曝しその場をごまかす、という意味でそこそこ有効に機能している(ように見える)。

コマツさんが清き良き学生であった頃にも、昼休みにその台詞を口にした恥ずかしいやつがいた。それを吐き出すに至る経緯は思い出せない。どうせ誰かの胸や足などを凝視していたのだろう。そして被害者の会に言い寄られたのだ。御用だ御用だと。

「男はみんなエロい」

そう宣言した男は、自分の発言が人類の半分を巻き込んだことに気づくことなく、「なぁそうだよな、お前もそう思うよな」と近くにいた学友に援護を求めた。その学友も「あっああああ、まぁね」とどもりながら同意する始末。バカどもめが。心のうちでそう叱責したコマツさんであったが、まさかこの後自分も巻き込まれるなどとは、そのときまったく思ってはいなかった。

被害者の会の一人がこう言った。

「じゃあコマツ君はどうなの。コマツ君は違うんじゃない?」

普段紳士的振舞ってきたコマツさん。そのように好意的に見られてもおかしくなく、それはコマツさんにとっても喜ばしいことではあるが、この時ばかりはタイミングが悪かった。バカッ! 俺サマを巻き込むんじゃない!! そう静かに憤っていると、元凶である男がこう答えたのだった。

「あいつはむっつりスケベだ」



■この世には二種類の人間がいます。スケベな人間とそうでない人間です。一般的にそれは男と女と呼び分けられることが多いですが、それはまったく同じ意味で使われています。そしてスケベな人間も二つに分けることができます。それはあけすけスケベな人間(現代では「あけすけ」の部分を省略することが多い)と、むっつりスケベな人間です。同じスケベな人間には変わりありませんが、やや前者が後者を蔑む傾向があります。(以上、『サルでもわかる文化人類学』より抜粋)



そうなのだ。コマツさんは突然「むっつり」の烙印を押されてしまったのだ。すぐさま、君のその分類の仕方はどうだろう。男だけがエロく、女はエロくないという考え方自体がそもそも古臭いとは思わないかね。と毅然とした態度で対処すべきであったが、そうは上手くはいかなかった。なぜなら、コマツさんは本当にむっつりスケベであり、それをいきなり指摘されたことに大変動揺していたからである。故に、というかそれもあって、コマツさんがとった行動は最低な部類に属するものであった。

「そんなことねぇでゲス。俺もちゃんとしたスケベでゲス。そっち側に入れてくださいでゲスよ〜」

そう、「むっつり」が「あけすけ」に媚びたのである。しかも下種なゲス言葉を使って(!)。もちろんその行為自体は珍しいものではない。あらゆる歴史が「むっつり」が「あけすけ」に虐げられていることを証明しており、その上下関係の構造から抜け出すには、まるで「あけすけ」であるかにように振舞う方法しかない。しかしそれにもやり方というものがある。低レベルの媚びは自分が隠れ「むっつり」だと宣言しているようなもの。最悪の場合上下の関係をさらに強固なものにしてしまう可能性さえあるのだ(現にコマツさんの場合がそうだった。それ以降、コマツさんとその男にまったく抵抗できなくなり、ヘコヘコしながら常に後ろを歩く人生になってしまったのである)。

そんな微妙な空気の中現れたのが、友人Kだった。彼が取った行動はシンプルかつエレガント。ハッキリとこう言ったのである。

「俺はスケベでもむっつりスケベでもない。さきほどの発言、撤回してもらおう」

あけすけスケベな男は戸惑い「ああ、そうだな悪ぃ」と咄嗟に謝ってしまったのであった。その男はその後、そのことをねちねち後悔しており「あんなこと言うんじゃなかった。あいつは明らかにむっつりだったのに」とよくこぼした。それを話されるたびにコマツさんは「そうでゲス。あいつは俺たちと違うむっつりスケベ。だからあんなキレ方したんでゲスよ〜」とやさしく慰めた。

それから数年後のことである。あけすけ男とコマツさんが一緒に町を歩いていると、友人Kが彼女と思わしき女性と一緒に歩いているのを見つけた。手をつないでいることから想像するに、その関係に間違いないだろう。急な再会に戸惑うコマツさんを他所に、卒業後一度も話していない間柄なのにもかかわらず、あけすけ男は持ち前の無神経でずかずかと二人に近寄っていった。

「お前あんなこと言っておいてやることやってんじゃねぇかよ!」

そう言いながらあけすけ男は友人Kの肩を音が鳴るほど強く叩いた。友人Kは何事かとしばらく考えたあと、心配そうに脅える彼女に向かって、大丈夫だよ、の目線を送った。「相変わらず失敬だなキサマは」とあけすけ男に牽制の前置きをしたあと、こう宣言してさらりと去っていった。

「全ては知的好奇心故に、だ」