話はコマツさんがコマツさんになる直前まで溯ることになる。

先代のコマツさんが言った。

「お前にならコマツを授けてもいいだろう」

嗚呼、ついにこの時がやってきたのだな。厳しい日々であった。口に出せないほどえげつないタイトルのついたAVの返却を先延ばし先延ばしにした師匠に代わりに、レンタルビデオ店に赴き土下座等の謝罪を駆使して延滞料金を半額以下にする、などといった修行に苦しむことはもうないのだと思うと、味わったことのない爽快さ同時に一抹の寂しさも感じた。

「私の目の前に」

そう言うと先代は自分の胸に両手を当てた。すると肉体の内側からどす黒くもぞもぞと蠢く生き物のようなものがあふれ出てき、それを逃がさないようにがっちりと掴み取り出すと、弟子である私の胸に強引に押し込んだのだった。心の準備もできないままそれを受け取った私は、驚きと同時に足の指先から髪の先までおぞましいものが染み渡っていくのがよくわかった。これで私がコマツさんになったのだ。そう実感した瞬間だった。

私がコマツさんになったことをしばらく噛み締めていると、先代は携帯電話で誰かと連絡を取っていた。

「ああ、お母さん? 俺、俺俺俺、ちがう、ちがうんだよお母さん。もう俺コマツじゃないんだよ。コマツから開放されたんだ。今までみんなに迷惑かけたけど、もうこれからは大丈夫。なんてったってもうコマツじゃないんだから!」

先代はそう言い切ると、両手で携帯電話を強く握り締め、湧き出る嗚咽を隠すことなく泣き始めたのだった。

こうしてコマツさんはコマツさんになり、先代はヤマダに戻ったのである。